カテゴリー「001.はじめに」の記事

2010年7月 1日 (木)

はじめに ~ 『陀羅やなぁ。』ということ ~

 陀羅(だら)とは、石川県の方言で「アホ」という意味の言葉である。「バカ」とも近いが、どちらかというと愛情を込めて「お前ダラやなぁ。」(あなたアホやね。)と諭したり、「わっしゃ、やっぱりダラや。」(私はやっぱりアホやった。)と自戒を込めて使ったりする。時には、「ダラんなっとんなまいや!」(このアホンダラ!)と怒りを込めて使う時もある。方言のニュアンスは、やっぱりその方言でないと表せない微妙な部分があるので、上手く伝わるかどうかはわからないが、バカよりはアホに近いのがこの「ダラ」という言葉である。

 「ダラ」に「陀羅」の字を充てたのは、加賀の三羽烏といわれた僧侶・暁烏敏(あけがらすはや)先生が、「生涯の指針となるような色紙を書いて欲しい。」とご門徒に頼まれた時、その色紙に「陀羅」と書かれたことに由来する。暁烏先生は、ひらがなやカタカナではなく、「陀羅」の字を用いている。言語学のことはまだ調べていないので、直感的な考えではあるが、この「ダラ」という方言は、仏教の「陀羅尼」から来ている言葉なのではないかと思ったりする。広辞苑によれば、陀羅尼とは“梵文の呪文を翻訳しないで、そのまま読誦するもの、一字一句に無辺の意味を蔵し、これを誦すればもろもろの障害を除いて種々の功徳を受けるといわれる。”とある。一般的に「陀羅尼」とは密教の真言との印象もあり、「南無阿弥陀仏」のお念仏を陀羅尼とするかどうかは、疑問な点もあるのだが、ともあれ真宗王国と呼ばれる石川県の方言に「ダラ」とあるのは非常に興味深いことである。

 『陀羅やなぁ。』というのは、「アホやなぁ。」ということ。


 (浄土)真宗のもっとも肝心要な自覚は、“機の深信”にある。“機の深信”とは、自らが罪悪生死の凡夫であると深く自覚することである。

 親鸞聖人の“よきひと”・法然上人は、「浄土宗のひとは愚者になりて往生す。」(『末燈鈔』)と仰っている。

 親鸞聖人が、越後流罪を経て、愚禿釋親鸞(ぐとくしゃくしんらん)と名乗られたが、その“愚禿”という名のりにも罪悪深重煩悩熾盛(ざいあくじんじゅうぼんのうしじょう)の凡夫であるとの深い頷きが込められている。つまり、愚禿の身のままに、釈尊の弟子として生きていくという覚悟の表れといってもよいであろう。


「悲しきかな、愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずべし、傷むべし、と。」(親鸞聖人 『教行信証』信巻)

 この言葉を読む時、心に打ち震えるものを感じる。この言葉の前に立っては、ただただ、頷くしかない。

 真実のことに本来なら理屈などいらない。僕は、自らの感動の心をその歩みの原点としたい。親鸞聖人の言葉には、痛く深く感動せずにはおれない言葉がいくつもある。


 人間というのは、常に自分のいのちを身勝手に生きようとする存在である。しかしその本質は、嘘偽り、怒り腹立ち嫉み等々を離れられない、なんとも情けない生き物である。ひとたび念仏を称えても、また日常に戻ってしまえば、その嘘偽り、怒り腹立ち嫉みに再び埋没して生きるしかない存在である。そんな我々のどこに救いがあるのか?

 ただ念仏。

 南無阿弥陀仏とは、自らが愚かな凡夫であるとの自覚によってもたらされる悲嘆、しかしその罪悪深重のこの身として、今現にこの娑婆に生きている。「嗚呼、私は愚かでありました。」という頷きと共に、真実なる世界から呼び覚まされて、深く心から出てくる、ある種のため息のようなものではないかと思うのです。


 「陀羅やなぁ。」と、いつもそんな自分をみつめて生きていく。それしかないのかもしれません。


 仏教は、仏道である。自らの人生に活き活きと顕われる道である。

 このブログには、僕自身の仏教への赤裸々な頷きを記していきたい。今、現に自分に働きかけられていると感じること、現在の自分自身の信仰告白とでもいうべき呟きとして、思うところを出来るだけ自分の言葉で、真っ直ぐに記していきたいと思う。


 “どうして仏を仏であると信じることが出来るのか?“、それが専らの課題であります。


 「自己とは何ぞや。これ人生の根本的問題なり。」

 清沢満之先生のこの言葉に導かれて歩んでゆくものであります。




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【本文語句説明】

○ 門徒 [もんと]
・・・(浄土)真宗において、信者のことをさして使う言葉。我々僧侶も、僧侶である以前に一門徒である。その自覚は、真宗において極めて大事である。
 僕はゴボサン(北陸地方で僧侶のことを指してそう言う。)である前に門徒であることを忘れないように生きてゆきたい。

○ 加賀の三羽烏 [かがのさんばがらす]
・・・暁烏敏・高光大船・藤原鉄乗の3師を称して使われる。清沢満之門下「生活派」の系譜の中心的存在。
 僕は、生活の中にまさしく念仏を生きた加賀の三羽烏に惹かれている。今こそ、そういう道が求められているのではないかと思う。

○ 暁烏敏 [あけがらすはや](1877-1954)
・・・石川県松任市(現白山市)出身の大谷派僧侶。清沢満之に師事し、清沢満之門下の「生活派」の中心的人物。晩年には、真宗大谷派宗務総長も務め、“念仏総長”と呼ばれた。
 様々な苦悩の末に書かれた『更生の前後』等は、涙なくしては読むことが出来ない。僕の母親が暁烏敏を生んだ松任(まっとう)の生まれで、僕も幼稚園は松任東幼稚園に通った。松任と言えば、加賀の千代女と暁烏敏といわれる程で、その名前には幼い頃より親しんだ。松任は、真宗王国といわれる石川県の中でも特に信仰の篤い地域のひとつ。ちなみに、松任の母方の祖父なくしては、僕の仏道への歩みはなかったであろう。

○ 清沢満之 [きよざわまんし](1863-1903)
・・・愛知県出身の大谷派僧侶。暁烏敏らと「浩々洞」を開き、雑誌『精神界』を発行。親鸞の思想を「精神主義」として提唱した。真宗大学(現大谷大学)初代学長。
 「自己とは何ぞや。これ人生の根本的問題なり。」は、結核に侵された晩年の日記『臘扇記』(ろうせんき。臘扇とは冬の扇、即ち無用のものという意味。)に記された言葉。
 “ミニマム・ポッシブル“(制欲自戒の生活)を実験して得られた実感を基に語られるその言葉には、圧倒的な説得力がある。

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    ”真宗大谷派僧侶でもあるフォーク・シンガー、松田亜世の5年ぶりのアルバム。ごく当たり前の暮らしを慈しむ心持ちが伝わってくる歌だ。老いを感じる年代になって初めて理解できる心情があると気づかせる「ホームにて」や「迷いの海」などにホロッとする。彼なりの説法かとも思えてくる。”
    (雑誌『CDジャーナル』)


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    ”「越のしらやま」は故郷・加賀の白山をエンヤトットのリズムで唄う。アコースティック・ギターとヴァイオリンをバックに日本の夏の情景を描く「盂蘭盆会」、 3フィンガーのギターが印象的な「渇愛」など、古き良きフォークの味も。”
    (雑誌『CDジャーナル』)


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    “故郷を離れた者に向けての金沢弁応援歌「がんばるまっし」、花街の悲喜を綴った「廓唄」、漫才師の志を謳った「新宿三丁目」などどれも物語性が高い。初期の長渕剛風の繊細で少し泣きの入った歌声から、世情を変えたいという想いも伝わる。”
    (雑誌『CDジャーナル』)

    “生まれ育った文豪の街・金沢の影響からか文学の香りのする歌詞の世界が素晴らしい。曲風は70年代フォーク/歌謡曲を彷彿させる、しっとりとしながら深い情感のようなものがこもったメロディが印象的だ。”
    (雑誌『Player』)

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