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2010年7月 5日 (月)

名のりの話

 亜世(あせい)。

初めて会う人には、必ずといっていい程「芸名ですか?」と聞かれるその名前。幼い頃は、「あよ」なんて読み間違えられて、自分の名前が女の子の名簿にあったり。親戚からもらったお年玉袋には「亜星」、「亜生」はあれど、なかなか「亜世」と書いてもらえなかったり()。この前の坊さんが集まる勉強会では、「亜西」と書き間違えられていたのには笑った。さすがは坊さんならではの間違い、“亜細亜の西”、これはこれでいい名前だと思ってしまったが・・・。

 女の子に間違えられようが、親戚に字を間違えられようが、僕は亜世という名前を感謝しながら生きている。

 そんな僕の本名なのだが、その由来はといえば、僕が生まれた当時旅行会社に勤めていた親父が「亜細亜から世界へ」という大きな意味を込めて名付けてくれた。しかし、僕の名前を考えてくれていた当時のメモ紙が僕の高校時代に発見されて、親父が「亜世」と考えつく前は、「秀太郎」、「秀一」等々、親父とじいちゃんの名前にある「秀」の字をとった名前のオンパレード。僕が松田秀太郎だったらどんな人生を歩んでいたんだろうか?ちょっと興味がある()

 ともあれ、どこでどう秀太郎から飛躍したのか、「亜世」に決まった。・・・らしい。


 松田亜世。

 そうやって30年間生きてきた。30歳の誕生日を迎えた翌々日、京都・東本願寺で得度し、仏弟子として名のった法名も「釋亜世」。お釈迦様の弟子の亜世ということである。僧侶になる時の法名は、(他の宗派でのことは定かではないのだが)親や師に名付けてもらうか、自分自身で考える事も出来る。

自分自身で考えたのが「釋光明(しゃくこうみょう)」。お袋方の先祖に林六郎光明(みつあき)という、木曾義仲に従った『平家物語』にも登場する人物がいて、その林家はどう転んでもお袋の世代で途絶えてしまう。家を守りたいという意識ではなく、自分につながる“いのち”の足跡(系譜)を、せめて自分の仏弟子としての名のりとして後の世に残しておけたらいいなぁと思って考えた。しかしながら、光明(こうみょう)、即ち尽十方無碍光如来の“光明”に重なることから、「重すぎる」という意見が所属予定のお寺からあったこともあって、本名の亜世を法名としても名のることになった。(ちなみに僕自身は、重いとか軽いとかよりも、深いか浅いかで生きてゆけたらと思っている。信仰とは、自分自身にどこまで深く沈んでゆけるかではないだろうかと感じている。とはいえ、「阿弥陀仏は、光明なり。」(『唯信鈔文意』)とあり、今思えば釋光明はあまりにも畏れおおい法名であった()。)


 釋亜世。

本名と字面も読み方もまったく同じ法名を賜ったので、それはそれで逃げも隠れも出来ない自分である。仏弟子としての自分はまた、世俗の自分そのものである。僧侶という立場を演ずるでなく、自分自身が即ち僧侶であり、それ以前に自分自身が仏弟子であるということ。これからの人生、仏道に身を捧げるという、ある種の覚悟のようなものもその法名・釋亜世に感じた。もっとも、得度の時点では感じたというに過ぎず、心の中から湧き起こる想いとして、そう感じるようになるのは、得度から半年の間に起こった5人の親族の死に僧侶として接するという出来事を待たねばならない。そのことはまた後に記すことにしたい。


 そこで、「釋亜世」と名乗った意味を自分なりに考えてみたい。

親鸞聖人が、越後への流罪を経て「愚禿釋親鸞(ぐとくしゃくしんらん)」と名のった意味は、真宗の本質を考える上でとても大事なことである。愚かな禿(かむろ=ハゲ、当時僧侶というものは国家に認められた身分であったが、そのような国家に認められる僧ではなく、また俗でもないヤクザ坊主というような意味。)、即ち自らは罪悪深重煩悩熾盛(ざいあくじんじゅうぼんのうしじょう)の凡夫であるという徹底的な機の深信。そして、お釈迦さんの弟子であるということで「釋」、さらには天親、曇鸞のそれぞれ一文字を戴きながら、釈尊・龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・法然と続く念仏の大道の上に立つというその自覚。つまり法名には、自らの仏弟子としての志願が込められているのだと思う。であるとするならば、「釋亜世」をどう捉えるか?

得度して法名を賜った時点では、この世に生まれたまんま、素っ裸の松田亜世という人間そのままに仏道を歩むという、そういう意味だけで捉えていた。

それからおよそ1年、真宗というものをほんの少し学び、自分なりに感じとる中で、自らの法名に立ち帰ってみると、やはり親鸞聖人が立たれた仏道、即ち浄土真宗というものを、亜細亜の島国・日本から世界へと発信したい、そんな大それた志願を密かに抱いて歩んでいきたい、そんな気持ちに駆られている。


生死というのは、人種も国も超え、人類の絶対共通の命題である。従って、「生死出づべき道」という仏教の根本命題もまた人類共通の志願であろう。真宗の教えや実感というものは、宗教ではあるけれど、ある意味一般的に考えられているところの宗教をも超えられる普遍的な“人間の生き方”という力を持つのではないか、そう考えるようになった。経典でいうところの「横超」である。上下といった縦の世界観ではなく、横っ飛びの世界観である。浄土という世界観は、どこに立ってもそこが中心である。こういう言葉で語ってしまえば、安っぽく感じられてしまうのかもしれないが、誰がどこに立ってもそこが中心になるという絶対平等の世界観でもある。国家というものが限界を迎えつつある今だからこそ、そういった絶対平等の世界観をも内包する真宗が、世界に開かれる必要に迫られた時なのではないかと思っている。


「私は愚かでありました。」と世界のひとりひとりの頭が下がる時、その姿に世界平和をも求めたいと思ったのは、紛れもなく本当の気持ちなのである。


「亜細亜から世界へ」。


僧侶として、仏弟子としても自らのその名のりを心に刻んで歩んで生きたいと思うのである。




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【本文用語説明】

○ 機の深信 [きのじんしん]

・・・「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫」(善導大師『観経疏』)であるということに深く頷くこと。つまり、人間は遠い過去からの深い迷いと苦悩の中に沈んでいて、自らの力では生死を超えることが出来ないということに深く頷くということである。

 “法の深信”(このような我々罪悪生死の凡夫に掛けられている如来の本願に深く頷くこと。)と合わせて善導大師は“二種深信”と表わした。この二種深信によって、罪悪生死の凡夫が、如来の本願によって念仏往生することが出来る。

 僕は、徹底した機の深信こそ、真宗の信仰の要であると感じている。

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  • 松田亜世 -

    松田亜世: 0 <ゼロ>


    ”真宗大谷派僧侶でもあるフォーク・シンガー、松田亜世の5年ぶりのアルバム。ごく当たり前の暮らしを慈しむ心持ちが伝わってくる歌だ。老いを感じる年代になって初めて理解できる心情があると気づかせる「ホームにて」や「迷いの海」などにホロッとする。彼なりの説法かとも思えてくる。”
    (雑誌『CDジャーナル』)


  • 松田亜世: シングル
    『あるがまま/おかえり』
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  • 松田亜世 -

    松田亜世: おかえり


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    ”「越のしらやま」は故郷・加賀の白山をエンヤトットのリズムで唄う。アコースティック・ギターとヴァイオリンをバックに日本の夏の情景を描く「盂蘭盆会」、 3フィンガーのギターが印象的な「渇愛」など、古き良きフォークの味も。”
    (雑誌『CDジャーナル』)


  • 松田亜世: 思ひ出雪 [Maxi]
    “世代の壁を超え、普遍性を持った真摯なアコースティック・チューンだ。” (雑誌『CDジャーナル』)

  • 松田亜世: がんばるまっし
    “故郷を離れた者に向けての金沢弁応援歌「がんばるまっし」、花街の悲喜を綴った「廓唄」、漫才師の志を謳った「新宿三丁目」などどれも物語性が高い。初期の長渕剛風の繊細で少し泣きの入った歌声から、世情を変えたいという想いも伝わる。”
    (雑誌『CDジャーナル』)

    “生まれ育った文豪の街・金沢の影響からか文学の香りのする歌詞の世界が素晴らしい。曲風は70年代フォーク/歌謡曲を彷彿させる、しっとりとしながら深い情感のようなものがこもったメロディが印象的だ。”
    (雑誌『Player』)

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