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2011年12月21日 (水)

【雑記】 お煤払い

 昨日(12月20日)は、東本願寺でのお煤払いの日でした。お煤払いは、御影堂(広さにして927畳)の畳を竹の棒で叩き、そのホコリを大きな団扇で扇いでお堂の外に出すのです。その後、畳や床を水拭き乾拭きで拭いて仕上げるのです。

 

 頭にはホッカブリ、顔にはマスク、首にはタオルを巻いた完全防備の服装で臨みます。かなりのホコリが堂内に舞い上がるのです。堂外に出されたホコリは、縁に溜まります。そして、板敷きの縁の板の隙間に溜まったホコリを箒で掃きながら、感じたことがありました。

 

 

 掃いても掃いても板の隙間のホコリは出て来ます。120年近く経ったお堂の蓄積されたホコリもあるでしょう。掃いても掃いても、次から次へと出てくるホコリ、人間の煩悩のように感じました。あるいは、”信心”とも感じました。浚えても浚えても浚え続けなければホコリだらけになってしまう。しかし、一方で浚え切ることは出来ないものでもあります。

 

 信心の確かめもこういうことのような気がします。確かめても確かめても煩悩は積もり続けるのです。しかし、確かめずにはおれないのです。そしてまた、確かめ切ることも絶対に出来ないのです。確かめ続ける。浚え続ける。

 

 大谷派では、暁烏敏師がはじめた同朋生活運動以来、掃除ということが大切にされていることの意義が、身を以て感じられたような気がしました。

 

 年末のお煤払い、改めて自らの信心を確かめずにはおれません。

 

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 ”煤払い尽きせぬホコリの我が身や” 亜世

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    ”真宗大谷派僧侶でもあるフォーク・シンガー、松田亜世の5年ぶりのアルバム。ごく当たり前の暮らしを慈しむ心持ちが伝わってくる歌だ。老いを感じる年代になって初めて理解できる心情があると気づかせる「ホームにて」や「迷いの海」などにホロッとする。彼なりの説法かとも思えてくる。”
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    (雑誌『CDジャーナル』)

    “生まれ育った文豪の街・金沢の影響からか文学の香りのする歌詞の世界が素晴らしい。曲風は70年代フォーク/歌謡曲を彷彿させる、しっとりとしながら深い情感のようなものがこもったメロディが印象的だ。”
    (雑誌『Player』)

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