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2013年4月21日 (日)

【雑記】 同朋会館からの贈り物 -同朋会運動に生かされる私-

Imag0619 2013年1月20日をもって、僕は1年半勤めた同朋会館研修部補導の職に急遽終止符を打つこととなりました。そして、翌1月21日から真宗大谷派青少幼年センターという新たな場所に主幹として身を置くことになりました。

 

 それから約3ヶ月。4月15日に研修部での送迎会を開いて頂きました。正直、この日が来て欲しくないような、ずっと同朋会館に身を置いていたいようなそんな複雑な心境でありましたが、同朋会館の職員の皆さんからの心のこもったメッセージ色紙、本当に有り難かったです。そして一人一人とお話をさせて頂き、今の自分の立ち位置、これから向かうべき場所、いや帰るべき場所を確かめることが出来た貴重な時間でした。最近、涙もろくて駄目です。補導には他に2人の同期がいます。その一人が司会をしてくれて、そしてもう一人がプレゼントを渡してくれ、思い出を語ってくれました。会が終わった後は、店の外で胴上げをされ5回程京都の夜空に舞いました。本当に有り難い時間でした。

 

 

 同朋会館補導(常勤)の任期は4年、僕はその任期を補導として同朋会館という場所で全うしたいという思いで日々を過ごしていました。同朋会運動のまさに最前線、”一人(いちにん)”を見出す場所であり、日々自分自身が問われ、自分自身の信を問うことなしには何も成し得ない場所です。

 

 その場所を離れるという決断をするには大きな迷いがありました。しかし、青少幼年教化というまさに歩みを止めることの出来ない場所において、この目で見てみたい光景が僕には思い出されたのです。

 

 それは、以前本で読んだ出来事でした。

 

 同朋会運動が始まるもっと前の頃、北陸は金沢・北間のお寺での出来事だったそうです。農繁期に一人の若者がお寺の縁側でゴロンと横になって考え事をしています。そこへその母親がやってきて、「あんたこんなところで何しとるんや?家に帰って仕事を手伝わんかいね。」と声を掛けます。それに青年はこう答えるのでした。「お前さんも忙しいかもしれんが、わしも仏教とは何かを考えるのに忙しいんや。」と…。

 

 そんな”一人(いちにん)”が生まれること、それが同朋会運動の展開であったはずです。

 

 

 この青年”一人”の誕生に身を捧げてみたい、この青年”一人”と膝を付き合わせて話をしたい、そう思えたことが、同朋会館を去り今の職場に立つ大きな後押しになりました。どこまでも同朋会運動としての青少幼年教化です。

 

 清沢満之先生はこう仰っています。

 

 「吾人の世に在るや、必ず一の完全なる立脚地なかるべからず。若し之なくして、世に処し、事を為さむとするは、恰も浮雲の上に立ちて技芸を演ぜむとするものの如く、其転覆を免るる能はざること言を待たざるなり。然らば、吾人は如何にして処世の完全なる立脚地を獲得すべきや、蓋し絶対無限者によるの外ある能はざるべし。」(『精神主義』 清沢満之)

 

 そして同朋会運動は、人間の打算の運動では決してないのです。打算は遂に破産する。

 

 松原祐善先生に聞けば、

 

 「ともかく、世とともに歩みながら、そこに世俗の社会というものは、無明のなかにあるのですから、その世俗の社会との厳しい対決をもちながら、世を包む世の帰依処として、つねに南無される僧伽でなくてはならんと念ぜられるのであります。・・・(中略)・・・東本願寺が同朋会運動をやっておるのではない。同朋会運動のなかに教団における同朋僧伽のいのちが覚醒されていくという、言いかえれば同朋会運動というのは、同朋僧伽のいのちを覚醒する、よびさますところの信仰運動である。そして、それはどこまでも信仰運動として徹底されていかなくてはならんと思います。」(『念仏僧伽論』 松原祐善)

 

 世と共に歩みながら、しかし世の運動では決してない、そこに緊張関係が自然と生まれるのでしょう。仏に照らされ人間が破られ、大地にひれ伏しひれ伏ししながら歩んでゆく歩みのような気がします。

 

 

 同朋会館での1年半を振り返りながら、昨年の報恩講の御満座の日、同朋会館のお朝事で『鸞聖人』の御文を拝読させて頂いたことが思い出されました。繰り返し繰り返し練習し、その御文の意味を確かめ、本番は確かにこの御文から聞かせて頂きながら拝読していました。ただ御文から聞かせて頂くしかなかったのです。そのことは、僕にとって非常に大きな出来事でした。その『鸞聖人』の御文には、こう記されています。

 

 「もし本願他力の真実信心を獲得せざらん未安心のともがらは、今日にかぎりてあながちに出仕をいたし、この講中の座敷をふさぐをもって真宗の肝要とばかりおもわんひとは、いかでかわが聖人の御意にはあいかないがたし。」(『御文』三帖目9通)

 

 また、 「一宗の繁昌と申すは、人の多くあつまり、威の大なる事にてはなく候う。一人なりとも、人の、信を取るが、一宗の繁昌に候う。」(『蓮如上人御一代記聞書』)とも蓮如上人の言葉は伝えています。 

  

 

 お寺に、奉仕団に、本山に、人が溢れることが一宗の繁昌ではない。仏に照らされた丸裸の”一人(いちにん)”の誕生、それを生み出すのが一宗の繁昌である。そんなあたり前のことを改めて確かめた同朋会館の同朋との一時でした。

 

 同朋会運動とは、単なる人間の目論見・打算の運動ではないのです。人間の打算は必ず破産します。清沢満之先生の言葉で言えば「絶対無限者による」、つまり仏による、他力による「真宗再興」の歩み、それが同朋会運動でしょう。

 

 僕にとっての新たな歩みも、こうして眺めてみれば、同朋会運動に生かされる私を確かめる日々が続くだけでありました。

 

 

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【本文用語説明】

○同朋会運動(どうぼうかいうんどう)

・・・その本質は、「真宗同朋会とは、純粋なる信仰運動である。それは従来単に門徒と称していただけのものが、心から親鸞聖人の教えによって信仰にめざめ、代々檀家と言っていただけのものが、全生活をあげて本願念仏の正信に立っていただくための運動である。その時寺がほんとうの寺となり、寺の繁昌、一宗の繁昌となる。然し単に一寺、一宗の繁栄のためのものでは決してない。それは『人類に捧げる教団』である。世界中の人間の真の幸福を開かんとする運動である。」との言葉に端的に言い表されている真宗大谷派がそのいのちとする信仰運動。1962年(昭和37年)に始まった。

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コメント

一度 説法を聴きたいです。 いつかね

◎押田 実智也さん:機会がございましたら是非♪

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    (雑誌『Player』)

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