カテゴリー「プレ投稿」の記事

2010年7月16日 (金)

【プレ投稿04】 後期修練に出発

 18日から本山の研修道場で後期教師修練が始まります。今夜の夜行バスで京都に出発です。明日は、祇園祭の山鉾巡行の日だそうで、人も多そうですが・・・。

 

 さて、荷造り。装束や経本、参考書や1週間分の着替え等で海外旅行なみの荷物の量です。後期修練では、今年2月の練馬の真宗会館での短期教師資格取得コースの仲間や、3月の前期修練で一緒だった仲間にも再会予定で、それまた楽しみです。新たな出遇いも楽しみにしながら。

  

 この後期修練を無事に終えられれば、大谷派教師に補任されます。補任され次第、このブログも本格始動という形です。(とはいえ、我慢しきれず色々書き始めてましたが(苦笑)。)

 

 後期修練が終われば、折角の機会なのでしばし京都に滞在して、高倉会館での日曜講演を聴いたり、2月の短期教師資格取得コースでお世話になった大谷大学の水島見一先生にもお会いする予定です。それもまたとても楽しみであります。

 

 それでは、しばし塀の中の生活へ行ってきます。

 塀の中?

 実際、研修道場の周りは高い塀に囲まれていて、有刺鉄線まで張り巡らされていますから(笑)。そして携帯電話も預け、1週間は外界との接触が断たれるのです。部屋から見える京都タワーが唯一の外界の姿なのであります。

 

 さぁ、親鸞聖人の待つ東本願寺へ・・・。

 

 夏の京都の暑さを覚悟しつつ、信の獲得の為、精進したいと思います。

 

 

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【本文用語説明】

 

○ 教師 [きょうし]

・・・大谷派教師条例によると「教師は、僧侶であって、教法をひろめ、儀式を執行する資格を有する者をいう。」とあり、前期・後期各1週間の東本願寺にある研修道場での泊まり込みの教師修練を経て補任される。

2010年7月 8日 (木)

【プレ投稿03】 大相撲の世界から見えてきたもの

 相撲協会の不祥事が、新聞やテレビを連日賑わしている。

 そんな中、昨日の朝日新聞朝刊に小沢昭一さんの『芸能的な由緒正しさの終幕』という大相撲論が載った。その内容が非常に興味深かったので、取り上げてみたい。

 その記事の中で小沢昭一さんは、大相撲を芸能として捉え、一般の常識社会と離れたところの、遊びとしての魅力を説き、大相撲や歌舞伎といった日本の伝統芸能はすべて閉じられた社会で独自に磨き上げられた文化であると語る。それに対して、昨今の大相撲に対する視線は、「開かれた社会が素晴らしいんだ」と求められる一方で、文化としての独自性を考えると、それは果たして良い方向なのかと疑問を呈しておられる。

 文化論として「なるほどそうか」と頷きつつ、歌舞伎の世界においては、中村勘三郎さんはじめ平成中村座の方々が、串田和美さんという歌舞伎の外の演出家と組んで、今に”生きる”歌舞伎を創り上げ、それが見事ままでに成功していることが頭に浮かんでもきたので、外に開かれることが即ち文化の衰退とは思わないのだが、一般の常識社会に文化をも押し込める風潮には僕自身も疑問を感じるところであったのは確かだ。

 

 そしてまた、この記事を読んでいて頭に思い浮かんだのが、現代の寺院のことである。

 お寺の世界もまた、一般の常識社会から見れば随分閉鎖的な空間に映るであろう。僕のようにお寺の生まれでない人間が、僧侶になることはまだまだ数が少ないし、お寺の子女同士の結婚の割合が圧倒的に高いこともまた、閉鎖的な社会を創り出している原因だと思う。

 お寺を引き継ぎ守るということにおいて、我々外に生まれた人間には想像できないような苦労があることも理解できる。自分がもし、お寺の息子だったら、逆にお寺を飛び出していたやもしれない。(いや、恐らく飛び出しただろう(苦笑)。僕の場合は、自由人なるが故に、仏教を求めて僧侶になった。)

 お寺の世界も確かに、その独特な閉鎖的社会に守られ、戦後今に続いている面は否定できないと思う。お寺と教団は続いた。しかし、教えはどうなったか?求道精神はどうなったのか?

 

 真宗大谷派は同朋教団である。同朋社会を実現することがその最も重要な目的である。そしてまた、親鸞聖人が顕かにされた真宗というものは、凡愚の身のままに往生するという”群萌の仏道”である。

 そのことに思いを致すならば、真宗寺院はもっともっと開かれた社会でなければならないと、小沢昭一さんの記事を読み終えて、想いを巡らしていたところである。

 

 老若男女、様々な職業の人と人とが膝を付き合わせて語り合い、信を確立させる、そんな真宗の原風景に還らねばならないのだと思っている。

 

 

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【本文語句説明】

 

○ 同朋 [どうぼう]

・・・親鸞聖人と関東において交わった漁師や農民といった人々を、ともに念仏に生きる求道の友としてこうよんだ。

 また同朋教団とは、道俗(僧侶と俗人)・貴賤・男女の別なく、人間がひとつの”いのち”を共に生きる共同体であり、釈尊の和合衆の精神を継承する、在家生活のなかに開かれた教団であり、真宗大谷派宗憲第二条には、この宗派の目的として「本派は、宗祖親鸞聖人の立教開宗の精神に則り、教法を宣布し、儀式を執行し、その他教化に必要な事業を行い、もって同朋社会を実現することを目的とする。」と高々と謳われている。

 

○ 群萌 [ぐんもう]

・・・元々”雑草”を表わす言葉。雑草のように踏みつけられながらも、大地に根を下ろし、光りを求めて生きるものを象徴する言葉である。

 『仏説無量寿経』(大経)に「(如来)世に出興したまう所以は、道教を光闡(こうせん)して、群萌をすくい恵むに真実の利をもってせんと欲してなり。」とある。

 すなわち、この群萌として生きるものこそ、如来の大悲が何としてでも救おうとする人々である。

2010年7月 7日 (水)

【プレ投稿02】 声明 1

 昨日は、声明を習いに浅草のお寺に出掛けた。

 縁あって4月から声明を教えて頂くことになり、ほぼ隔週でのレッスン。昨日は、観経と小経の伽陀(かだ)の練習。声楽も嗜まれる先生の声は非常に魅力的なので、お手本を聴くのも毎回楽しみなのである。

 

 この伽陀というものは、大谷派の声明の中で最も男性的というか、力強い声明で、出だしから終わりまで1オクターブの幅をもった、非常に音楽的な声明であり、僧侶の中でもこれを称えるのが好きな人は多い。僕もそのうちの一人である。

 落語でいえば、出囃子とマクラを併せたような役割のものである。「さぁ、今から法要がはじまりますよ。」という、その法要の空気感を決める声明であるともいえる。ビシッと、バシッと決めなければならない。

100706_232101 声明の音程というのは、左の写真のように”節譜(せっぷ)”と呼ばれる筆で書かれたヒゲ文字のようなもので表わされる。これが独特というか、同じ節譜でも、出てくる場所によって変幻自在に変化するものがあったり、まるでロシア語やフランス語の格変化を彷彿とさせる具合である。

 さらに、ピアノの鍵盤のように「これがド」という具合に確定的な音が存在する訳でもなく、その時々に一緒に称える人に合わせて音程も決まっていき、音の長さもかなりアバウトなものであり、”周りに合わせる”ということが非常に大切になってくる。

 声明のCDも色々出てはいるのだが、やはり口伝で伝わってきたという声明の歴史もあって、声明の先生について習うということの大切さを感じている。場合によっては、先生によって息継ぎの場所が違ったりもするから、下手をするとこちらが大混乱に陥る(苦笑)。


 ともかく、「聞く」ということが、声明においても何を置いても譲れない一線である。それはまた、仏法を「聞く」ということにも繋がり、なんとも奥深い世界なのである。


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【本文用語説明】

○ 観経 [かんぎょう]

・・・『仏説観無量寿経』のこと。自分のなした行為が原因で、息子に幽閉された母・韋提希夫人(いだいけぶにん)の要請によって説かれた経典で、この世を生きること、そのことこそが本当の問題であることを顕かにした経典。

 地域差はあるが、年忌法要等で頻繁に読誦される経典。


○ 小経 [しょうきょう]

・・・『仏説阿弥陀経』のこと。苦悩の衆生に本願のこころがあらわれる相を説いた経典。

 真宗大谷派においては、通夜や法事等で頻繁に読誦される経典。


○ 伽陀 [かだ]

・・・七言四句の偈頌(詩)のこと。お経の中で独立した法義を述べ、あるいはまた仏徳を賛嘆する韻文形式のものをいう。

 法要の始まりに用いたりする。

2010年6月25日 (金)

【プレ投稿01】 ホームページ仮オープン

【2010年7月下旬の本ブログ本格始動に先駆けてお届けするプレ投稿その1】

 本ブログの親サイト「釋亜世の『今日も歌って南無阿弥陀仏』」 ( http://homepage1.nifty.com/asei/utanamu.htm )が仮オープン致しました。

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    ”真宗大谷派僧侶でもあるフォーク・シンガー、松田亜世の5年ぶりのアルバム。ごく当たり前の暮らしを慈しむ心持ちが伝わってくる歌だ。老いを感じる年代になって初めて理解できる心情があると気づかせる「ホームにて」や「迷いの海」などにホロッとする。彼なりの説法かとも思えてくる。”
    (雑誌『CDジャーナル』)


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    ”「越のしらやま」は故郷・加賀の白山をエンヤトットのリズムで唄う。アコースティック・ギターとヴァイオリンをバックに日本の夏の情景を描く「盂蘭盆会」、 3フィンガーのギターが印象的な「渇愛」など、古き良きフォークの味も。”
    (雑誌『CDジャーナル』)


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    “世代の壁を超え、普遍性を持った真摯なアコースティック・チューンだ。” (雑誌『CDジャーナル』)

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    “故郷を離れた者に向けての金沢弁応援歌「がんばるまっし」、花街の悲喜を綴った「廓唄」、漫才師の志を謳った「新宿三丁目」などどれも物語性が高い。初期の長渕剛風の繊細で少し泣きの入った歌声から、世情を変えたいという想いも伝わる。”
    (雑誌『CDジャーナル』)

    “生まれ育った文豪の街・金沢の影響からか文学の香りのする歌詞の世界が素晴らしい。曲風は70年代フォーク/歌謡曲を彷彿させる、しっとりとしながら深い情感のようなものがこもったメロディが印象的だ。”
    (雑誌『Player』)

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